昭和30年代、テレビの普及とともに日本中のお茶の間を熱狂させた立役者こそが初代若乃花でした。当時、大相撲中継が始まると街頭テレビに黒山の人だかりができ、初代若乃花の一挙手一投足に国中が息を呑みました。彼がなぜこれほどまでに人々を惹きつけ、畏敬の念を集めたのか。その最大の理由は、体格差を完全に無力化する圧倒的な技術と、常軌を逸した闘志にありました。
現代の大相撲力士の平均体重が160kg前後であるのに対し、初代若乃花の現役最盛期の体重はわずか105kg〜107kg程度でした。現代の十両・幕内力士と比較しても極めて軽量であり、当時の土俵においても決して大型力士ではありませんでした。しかし、彼は倍近い巨漢力士の懐に電光石火のスピードで飛び込み、相手の重心を浮かせて土俵中央へねじ伏せました。
その代名詞となった決まり手が、「仏壇返し」の異名を取る伝説の必殺技「呼び戻し」です。相手の差し手を抱え込み、自らの体を弓なりに反らせながら強烈な力で手前に引き込み、相手がつんのめった瞬間、強烈な体開きとともに土俵へ叩きつける大技でした。当時の関係者や報道各社の記録によると、この技は強靭な足腰と規格外の背筋力・腕力がなければ自らの身体を痛めるため、後世において初代若乃花以上の精度と迫力で呼び戻しを放てた力士は一人も存在しないと評されています。
「土俵の鬼」という異名が定着した理由は、単に技が凄まじかったからだけではありません。土俵に上がった際の、相手を射抜くような鋭い眼光、絶対に引かない不屈の立ち合い、そして相手に噛みつくかのような気迫が観客に戦慄を与えたからです。自著や当時の手記において初代は「土俵の上では親兄弟でも敵。命を捨てて土俵に上がっていた」と述懐しており、まさに命懸けの覚悟が全身から立ち上っていたことが、ファンや対戦相手に「鬼」の姿を連想させた決定的な要因でした。