平成の芸能史において、今なお語り草となっているのが1993年夏に起きた新加勢大周のデビュー劇です。トレンディドラマなどで圧倒的人気を誇っていた加勢大周さんと、所属事務所との間でマネジメント契約やギャランティの支払いを巡る深刻な対立が発生。これに端を発した加勢大周の独立トラブルは、泥沼の法廷闘争へと発展していきました。
事務所側は対抗措置として「加勢大周」の芸名使用権を主張し、全国オーディションを開催。そこで見出されたのが、当時21歳でオーストラリア留学から帰国したばかりの坂本一生さんでした。記者会見で「新加勢大周」としてお披露目された瞬間、メディアと世間は前代未聞の力技に大きくどよめきました。