外科病棟の夜間当直帯において、看護師や医師が最も神経を尖らせる局面の一つが、術後せん妄症状への対応です。麻酔から覚醒した数時間後から数日以内にかけて、突然暴れたり、点滴チューブや尿道カテーテルを力任せに自己抜去しようとしたりする行動が頻発します。
ある総合病院で胃がん手術を経験した70代男性の家族は、当時の様子を手記にこう綴っています。「昼間は穏やかに『ありがとう』と話していた父が、深夜の面会制限解除後に訪れると別人のように険しい目つきで『天井に虫がびっしり張り付いている』『早く家に帰らないと殺される』と叫んでいた。認知症が急激に進んでしまったのかと絶望した」。
しかし、これは認知症の進行ではなく、術後せん妄という急性の一過性脳機能不全です。環境の変化、手術侵襲によるストレス、使用薬剤、睡眠剥奪、疼痛などが複雑に絡み合って発症します。高齢者の大手術では20%から50%近い頻度で発生すると報告されており、決して珍しい現象ではありません。
せん妄には、大声を出したり興奮したりする「過活動型」だけでなく、無気力になり呼びかけへの反応が鈍くなる「低活動型」が存在します。後者は見落とされやすく、食事摂取が進まないまま衰弱を招く危険があります。「一時的な症状であり、身体の回復とともに必ず落ち着く」という医学的理解を患者の周囲が持っていなければ、家族自身が精神的に追い詰められてしまいます。