SNS上や大手Q&Aサイト、相談コミュニティにおいて後を絶たないのが、「友人に勝手にタグ付けされて嫌な思いをした」「取引先のイベントで無断タグ付けされて困惑している」といった人間関係の軋轢です。なぜ悪気のないタグ付けが、これほどまでに深刻なマナー違反として糾弾されるのでしょうか。
利用者のリアルな生の声や取材現場の証言を検証すると、不満の根本には「デジタルタトゥー」に対する恐怖と「プライベート領域の無断開示」という2つの切実な問題が存在します。
「会社の同僚にプライベートのアカウントを教えていないのに、休日の飲み会の写真に顔写真付きでタグ付けされた。結果として社内の人間にアカウントが特定されてしまい、過去の私生活の投稿まで見られる羽目になった」(20代・IT企業勤務女性)
「写りがひどい半目状態の集合写真を、何の相談もなく勝手にタグ付けされて投稿された。友人のフォロワー何百人にその無防備な顔を晒され、強い精神的苦痛を感じた」(30代・公務員男性)
「子どもの顔や通っている学校の制服が特定されかねないイベント写真を、ママ友が無断でタグ付け公開した。即座に削除を依頼したが、気まずい空気が残り関係が疎遠になった」(40代・主婦)
これら勝手にタグ付けするマナー違反の真相は、心理学でいう「心理的バウンダリー(自他の境界線)」の侵害に他なりません。投稿者側にとっては「仲が良いアピール」や「思い出の共有」という好意的な感情であっても、タグを付けられた側にとっては「他人の手によって自分の居場所や交友関係、容姿のデータを世界中に強制発信された」という侵害行為として受け取られます。
特に相手が鍵アカウント(非公開アカウント)であっても、公開アカウントの投稿にタグ付けされれば、その投稿自体は世界中の誰でも閲覧できてしまいます。「写真をネットに公開すること」への心理的ハードルには個人の価値観によって数倍から数十倍の落差があるという事実を忘れてはなりません。