呼吸困難を目の当たりにした際、一般的に良かれと思って行われがちな対応の中には、かえって患者の病態を急激に悪化させる致命的な誤解が存在します。
誤解①:「息苦しいときは、とにかく大きく深呼吸させれば落ち着く」
これは最も蔓延している誤謬の一つです。過換気症候群であればゆっくり息を吐く指導が有効なこともありますが、喘息発作やCOPD、気道異物の患者に無理な深呼吸を強いると、気管支内の圧バランスが崩れて気道虚脱を引き起こし、換気がさらに悪化します。肩で息をしている状態はすでに呼吸筋が限界に達しているサインであり、努力性の深呼吸は疲弊を早めるだけの結果に終わります。
誤解②:「過呼吸なら紙袋を口に当てればよい(ペーパーバッグ法)」
かつてテレビドラマ等で広まったペーパーバッグ法(紙袋に呼気をためて再吸入させる方法)は、現在では窒息や低酸素血症を誘発するリスクが極めて高いため、日本救急医学会などのガイドラインでも原則として推奨されていません。万が一、原因が過換気ではなく肺塞栓症や心筋梗塞であった場合、低酸素状態を決定的に悪化させ、心停止を誘発する死亡事故が報告されています。
誤解③:「横になって寝かせれば楽になる」
体調不良といえば「ベッドに横にする」のが通例ですが、心不全や肺水腫による肩呼吸の場合、仰向け(水平仰臥位)に寝かせると静脈還流が増加して心臓と肺への負担が一気に跳ね上がります。息苦しそうにしている人が自然と座り込もうとしているときは、その姿勢を崩さず、壁やクッションにもたれかからせる姿勢を保持することが鉄則です。
【プロの結論】慎重に様子を見てよい状況と即時通報すべき判断基準
呼吸困難の訴えや肩呼吸に遭遇した際、現場で迷いを断ち切るためのトリアージ基準を明確に定めておく必要があります。医療的な介入を急ぐべきか否かの分水嶺は、全身の酸素化状態と脳への血流・換気の維持度合いにあります。
【様子を見て医療機関を通常受診してもよいケースの条件】 激しい運動の直後であり、呼吸数が数分以内に1分間20回以下の平穏な状態に戻っていく場合。あるいは精神的な興奮・緊張が明確であり、発汗やチアノーゼがなく、会話が途切れずに流暢に成立している場合に限られます。
【躊躇なく119番通報(救急要請)すべき絶対条件】 次の兆候が1つでも認められる場合は、家庭や施設で様子を見る選択肢はありません。直ちに救急車を要請してください。
- 会話不能:途切れ途切れで単語しか話せない、あるいは声が出せない
- チアノーゼの出現:唇、爪の先、耳たぶが青紫色や土色に変色している
- 意識の変容:問いかけに返答がない、もうろうとしている、つじつまが合わない
- 異常呼吸音:喉からヒューヒュー、ゼロゼロという明らかな異音が漏れている
- 数値の異常:パルスオキシメーターの測定値がSpO2 93%以下(平常時から大きく低下している場合)