2000年12月、香港高等法院(高等裁判所)において主犯格3人に対する判決が下されました。この裁判は法的に非常に異例な展開を辿ることになります。
遺体の大部分が犯人たちによって遺棄・損壊されていたため、法医学的な死因の完全な特定が極めて困難でした。そのため、検察側は「謀殺罪(第一級殺人に相当)」での立件を目指したものの、最終的に陪審員団は「過失致死罪(誤殺罪)」および「不法監禁罪」「不法死体遺棄罪」を適用しました。
しかし、裁判長を務めたピーター・グエン(阮雲道)判事は、本件の異常な残虐性を厳しく指弾。「近年稀に見る悪質かつ冷酷な犯行であり、社会に対する極めて重大な脅威である」と断じ、過失致死罪としては異例中の異例となる終身刑(最低服役期間20年)を陳文樂、梁勝祖、梁偉倫の3被告全員に言い渡しました。
その後、量刑を巡る動きに進展が生じます。第三被告であった梁勝祖は控訴を行い、再審の結果、2004年に懲役18年への減刑を勝ち取りました。模範囚としての服役を経て、梁勝祖は2014年頃に刑務所から出所したと現地紙によって報じられています。
一方で、主犯格の陳文樂と梁偉倫は終身刑が維持されました。香港の法制度上、終身刑の受刑者は20年を経過した段階で仮釈放委員会の審査対象となります。2026年以降、主犯の陳文樂らに対する仮釈放の申請が取り沙汰されたものの、犯行の凶悪性と遺族感情を考慮し、審査を通過したという公式記録は確認されていません。2026年現在も、主犯格は厳重な監視下で獄中生活を続けているものと見られています。