新須磨病院のアイデンティティを理解する上で、母体である「医療法人社団慈恵会」の発展史とグループの事業再編は避けて通れないテーマです。昭和35年(1960年)12月28日の開設以来、同院は神戸市須磨区において一貫して救急医療と地域密着型の高度診療を追求してきました。
理事長を務める澤田勝寛氏、そして院長の辻義彦氏の指導体制のもと、同法人は時代のニーズに即した組織変革を推し進めてきました。過去の病院建て替えや設備拡充、そして新須磨リハビリテーション病院の分離新設に至る移転・再編の経緯には、「急性期医療」と「回復期リハビリテーション」の明確な機能分担という明確な戦略意図が存在します。
かつて日本の病院は、ひとつの病棟で手術から長期療養までを一括して抱え込む傾向にありました。しかし新須磨病院は、急性期の集中的な外科手術・治療を本院(衣掛町)で行い、病態が安定した患者を速やかに近隣の新須磨リハビリテーション病院へ引き継ぐシームレスな連携システムを早期に確立しました。このグループ内ネットワークによって、急性期病床の回転率を高めつつ、患者には早期の社会復帰・在宅復帰に向けた濃密なリハビリプログラムを提供する体制が整えられています。