野球拳の意味と本来の歴史|脱ぐルールの真相と松山発祥の原点

野球拳の意味と本来の歴史|脱ぐルールの真相と松山発祥の原点

野球拳の意味と本来の歴史|脱ぐルールの真相と松山発祥の原点を詳しくリサーチ! 知っておきたい 情報と解説を分かりやすく展開します。

現在も松山市の「本家野球拳」として厳格に継承されているルールは、歌、三味線の伴奏、そして躍動感あふれる身振りが一体となった伝統芸能そのものです。一般に誤認されているような「負けたら衣服を1枚ずつ脱ぐ」といった下卑たルールは、本来の規約には毛頭存在しません。

本家野球拳の基本ルールと試合進行

本家野球拳は、基本的に2人の対戦形式で行われます。双方が向かい合い、三味線や太鼓の伴奏に合わせて歌い踊りながら、歌詞の節目でじゃんけんを行います。

  1. 歌の前半部分で、バッター(打者)とピッチャー(投手)の動きを模した所作をリズミカルに行う。
  2. 「アウト!セーフ!ヨヨイノヨイ」の掛け声の最後の「ヨイ」の瞬間に、右手を突き出してじゃんけんを出す。
  3. あいこの場合は「あいこでポン」ではなく、歌の後半部を繰り返して決着がつくまで継続する。
  4. 勝敗が決まった瞬間、勝者は「セーフ!」のポーズ、敗者は「アウト!」のジェスチャーを瞬時に取らなければならない。
  5. じゃんけんに勝っても、ジェスチャーを間違えたり遅れたりした場合は失点となる。
  6. これを繰り返し、先に3本先取した側が勝利となる。

公式に伝承される「野球拳の歌詞」

前田伍健が作詞した歌詞は、軽妙洒脱でありながら野球へのひたむきな情熱が描かれています。

「野球やりたや 練習はつらい 千本ノックは 涙の雨よ
(合いの手:アウト!セーフ!ヨヨイノヨイ)」

勝敗が決した際、敗者に課されるのは「服を脱ぐこと」ではなく、芸妓やお座敷の場であれば「お酒を一杯いただく」「罰として座を盛り上げる一発芸を披露する」といった、酒席の円滑なコミュニケーションを促す粋な計らいでした。

項目伝統芸能「本家野球拳」昭和バラエティ版野球拳編集部の見解・評価発祥年・舞台1924年(大正13年)
愛媛県松山市・道後温泉1969年(昭和44年)
日本テレビのスタジオ45年の歳月を経てメディアが翻案した別物考案者・主導者前田伍健(俳人・劇作家)井原高忠(TVプロデューサー)
コント55号(萩本欽一・坂上二郎)民俗的レクリエーションから大衆消費娯楽へ変質敗者のペナルティ脱衣は一切なし
(お酒杯、踊り、規定の勝敗判定)身に着けている衣服を1枚脱ぐ視覚的インパクトを優先したテレビ的演出法的・文化的地位松山市指定無形民俗文化財
(昭和45年指定)宴会芸・お色気バラエティの定番現在も松山市による名誉回復と保存活動が続く
橋本 菜々子
著者

橋本 菜々子

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。