人間の体内に侵入した広東住血線虫の第3期幼虫は、消化管の壁を突き破り、血管やリンパ管に乗って中枢神経系、すなわち脳や脊髄を目指します。本来の宿主であるネズミであれば脳を経由して肺動脈へと移行し成虫になりますが、人間は本来の宿主ではない「異常宿主(偶発宿主)」です。そのため、幼虫は脳組織の中で迷走し、成虫になれずにやがて死滅します。皮肉にも、この異常宿主ゆえに幼虫が中枢神経系から脱出できない現象こそが、人間に激烈な症状をもたらす主因となります。
感染から発症までの潜伏期間は通常1週間から3週間程度(早ければ数日、最長で約1か月〜数か月)とされています。初期段階では、微熱、全身倦怠感、腹痛、嘔吐といった一般的なウイルス性胃腸炎や風邪に類似した症状が現れるため、この時点で本症を疑うことは専門医であっても極めて困難です。
しかし、潜伏期間を過ぎて幼虫が脳の軟膜下や髄液中へ到達すると、状況は一変します。患者を襲うのは、「頭を金槌で割られるような」「表現のしようがないほど刺し込むような」激甚な頭痛です。続いて首の後ろが板のように硬くなって曲がらなくなる項部硬直、光を極端に眩しく感じる羞明(しゅうめい)など、典型的な髄膜刺激症状が急速に進行します。
この病態の本質は、アレルギー反応の一種である好酸球性髄膜炎(好酸球性脊髄髄膜炎)です。異物である幼虫、とりわけ脳内で幼虫が死滅した際に放出される大量の抗原に対し、生体の免疫系が過剰反応を起こします。白血球の一種である好酸球が脳脊髄液中に爆発的に動員され、激しい炎症反応が脳実質を圧迫するのです。
重症化すると、皮膚がピリピリと痛むような異常知覚、四肢の筋力低下、複視(物が二重に見える)や顔面神経麻痺などの脳神経障害が出現し、最悪の場合は脳浮腫から意識障害、昏睡状態へと陥ります。脳の重要な領域に幼虫が迷入した場合、永続的な運動麻痺や認知障害といった重篤な後遺症を残す危険性が極めて高くなります。