林家ペーの芸人人生の原点は、昭和の爆笑王と呼ばれた初代・林家三平への心酔から始まります。1964年10月14日、東京オリンピック開会式のわずか5日後に弟子入りを志願したペーは、三平宅の内弟子として過酷な修行生活に入りました。当初は「林家ペー平」と名乗っていましたが、師匠から「平が重なって呼びにくい」という理由で、現在の「林家ペー」に改名された逸話はファンの間でも有名です。
一方のパー子も、初代三平の魅力に惹かれて1968年に一門に入門。落語家の一門において女性の内弟子は極めて異例でしたが、三平一門の温かい空気の中で芸を磨いていきました。同じ釜の飯を食い、師匠のかばん持ちや身の回りの世話をこなす中で、2人の距離は自然と縮まっていきます。
2人の交際を後押ししたのは、他ならぬ師匠・三平とおかみさんである海老名香葉子さんでした。「芸人同士、お互いを理解し合える者同士が一緒になるのが一番いい」という師匠夫妻の温かい配慮と後押しを受け、1972年3月に2人はめでたく結婚。披露宴では師匠・三平が誰よりも喜び、弟子夫婦の門出を祝いました。林家ペー・パー子の根底に流れる「どんなときも人を笑わせ、明るく振る舞う」という哲学は、初代三平の薫陶そのものであり、半世紀を超えて受け継がれる一門の魂と言えます。