メルエムがコムギに対して抱いた敬意の源泉には、軍儀における伝説的一手「孤孤狸固(ココリコ)」の攻防があります。孤孤狸固とは、かつてコムギ自身が創案しながらも、自ら決定的な破り方(返し技)を発見してしまい、「自ら産み落とした子を殺すような思い」で封印した幻の戦術でした。
メルエムは類稀なる知能によって独力で孤孤狸固の着想へと辿り着き、自信満々にその布陣をコムギへと仕掛けます。しかしコムギは盤面を認識した途端、激しく動揺して涙を流し、自身がかつて編み出した返し技を繰り出して王の一手を完全に粉砕しました。我が子の死を悼むように一手を進めるコムギの姿に、力による支配しか知らなかったメルエムは言葉を失います。
暴力や武力では絶対に勝てない相手がこの世に存在すること、そして盤上という限られた宇宙において人間が積み上げてきた文化と知性の無限性。孤孤狸固を巡るこの劇的な一戦こそが、メルエムの傲慢さを打ち砕き、コムギを一人の好敵手として、ひいてはかけがえのない存在として愛おしむ決定打となったのです。