八咫烏の原点を紐解く鍵は、日本の建国神話に位置づけられる神武東征神話にあります。『古事記』および『日本書紀』の記述によると、神武天皇(初代天皇)が日向(現在の宮崎県)から大和(奈良県)を目指して軍を進めた際、険阻な熊野の山中で進退窮まり、深い霧と賊徒に阻まれて立ち往生しました。この絶体絶命の危機に、高皇産霊神(タカミムスビ)あるいは天照大御神の神勅を受け、天より飛来して軍勢の先頭に立ち、大和・橿原の地まで道案内を務めた霊鳥こそが八咫烏です。
ここで多くの人が抱く疑問が、「八咫(やた)」という奇妙な名称の語源と、その正体と意味です。「咫(あた)」とは古代日本における長さの単位で、親指と中指を広げた長さ(約18センチメートル)を指します。つまり「八咫」は文字どおり解釈すれば「約144センチメートル」となり、一般的なカラスの全長(約50〜60センチメートル)を遥かに凌駕する巨大怪鳥を意味します。ただし、古代日本語における「八」は「数が多いこと」「広大・偉大であること」を表す瑞数であり、「八咫鏡(やたのかがみ)」と同様に「極めて巨大で神聖な霊鳥」を象徴する尊称と解するのが国文学上の通説です。
神話における八咫烏は単なる動物ではありません。京都の下鴨神社(賀茂御祖神社)の主祭神である賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと)は、大和への先導を果たした後に自らの姿を八咫烏に変えて天へ昇った、あるいは八咫烏に化身して神武天皇を導いたと社伝に記録されています。つまり、八咫烏の神話・由来の詳細まとめを精査すると、それは山岳地帯に精通した先住勢力(賀茂氏の祖神)の軍事的な道案内・偵察能力が、神聖な鳥の姿を借りて神話化された姿であることが浮き彫りになります。