日本文学史上で最も引用される名場面が、熱海の海岸(現在のお宮の松周辺)で交わされた貫一とお宮の最後の対話です。すがりつくお宮を貫一が下駄で蹴り飛ばす激しいアクションとともに放たれた叫びは、読者の胸を強く締め付けます。
「来年の今月今夜のこの月を僕の涙で曇らせてみせる」
1月17日の夜、月光が照らす砂浜で貫一が吐き捨てたこの台詞は、単なる捨て台詞ではありません。当時の暦における満月は「完全な愛と幸福」の象徴であり、それを自らの無念の涙で曇らせるという表現は、己の人生すべてを賭けた呪詛の宣言でした。自著や当時の書簡において尾崎紅葉が見せた美文調の文体(擬古文と口語の融合)は、この場面で感情の極点に達しています。
現代のジェンダー観やコンプライアンスの視点から見れば、砂浜で女性を足蹴にする行為は激しい拒絶反応を引き起こすかもしれません。しかし、当時の読者層にとって、それは「裏切られた純真な青年の魂の絶叫」として受け止められ、熱海は一躍、日本有数の観光地・文学の聖地へと変貌を遂げる社会現象を巻き起こしました。