これまで何万回と繰り返してきた動作が、突如として制御不能に陥る理由について、スポーツ科学界では長年激しい議論が交わされてきました。現在確立された知見によると、イップス発症の引き金は、大脳基底核・小脳・大脳皮質を結ぶ運動制御ループの混線にあります。
熟練したアスリートの動作は、小脳を中心とした無意識のプログラムによってミリ秒単位で「自動化」されています。ボールを投げる際、肩の角度や手首のリリースポイントを細かく意識しなくても狙った場所へ飛ぶのは、この自動化システムが作動しているためです。ところが、公式戦での致命的なエラー、指導者からの強烈な叱責、あるいは「絶対にミスが許されない」という極限状態に直面した瞬間、大脳皮質の意識的な注意が強烈に割り込みます。
心理的要因として見逃せないのが、過剰な結果予期と自己モニタリングの罠です。ミスを恐れるあまり「手首をこう返そう」「指先の感覚を保とう」と意識を運動の内側へ向ければ向けるほど、本来流れるように作動すべき無意識の運動プログラムが寸断されます。ブレーキとアクセルを同時に踏み込むような状態になり、筋肉の異常な硬直や意図しない痙攣が発生します。一度この恐怖と身体拘束の神経回路が焼き付いてしまうと、同じマウンドやグリーンに立つだけで、条件反射的に脳がパニック状態を引き起こす悪循環へ陥るのです。