そもそも、なぜ日本を代表する歌姫がこれほど巨額の負債を抱え込むことになったのでしょうか。その背景には、島倉千代子という稀代のアーティストが抱えていた「お人好しすぎる素顔」と、昭和芸能界を取り巻く甘い罠がありました。
事の発端は1975年から1977年にかけて表面化した手形事故です。島倉さんが当時深い信頼を寄せていた恋人で眼科医の男性に対し、医院開業や事業資金調達のために実印を預け、手形の裏書を承諾してしまったことに始まります。しかし、この男性の事業は間もなく破綻。1977年に巨額の不渡り手形を残したまま男性は行方をくらまし、蒸発してしまいました。
島倉さんに降りかかった負債の総額は、報道各社の記録によると13億円から最大16億円に達したとされています。昭和50年代前半における16億円は、現在の貨幣価値に換算すれば40億円以上にも匹敵する天文学的数字です。裏書人となっていた島倉さんのもとには、連日ヤクザまがいの債権者や取り立て屋が殺到し、新宿コマ劇場などの公演会場の楽屋にまで押し寄せる異常事態となりました。純粋に歌の世界だけで生きてきた島倉さんには、この過酷な事態を収拾する術は残されていませんでした。