巨体を維持するためのエネルギー補給戦略も、知性にあふれています。北太平洋の高緯度海域などで観察される「バブルネットフィーディング」は、動物界でも屈指の高度な共同捕食行動です。
群れのリーダー格がニシンなどの魚群の下へと潜り込み、特定の鳴き声(フィーディング・コール)を発しながら螺旋状に気泡を吐き出します。立ち上る泡のカーテンに閉じ込められた魚群はパニックに陥り、海面近くの一点へと濃縮されます。その直後、泡の網の中心から複数のクジラが一斉に口を全開にして浮上し、何千匹もの魚を海水ごと一網打尽にするのです。このダイナミックな捕食劇は、綿密なコミュニケーションと正確なサイズコントロールがなければ成立しません。
国際捕鯨委員会(IWC)の歴史的統計や海洋生物研究所の調査データによると、捕鯨時代に記録されたクジラの最大大きさ記録としては、南半球において体長19m近くに達する巨大なメス個体が報告された事例も残されています。
ザトウクジラの寿命はおよそ50年から80年と、人間とほぼ同等の長い生涯を送ります。耳垢が年輪のように積層した「耳垢栓(じこうせん)」の層数や、眼の水晶体に含まれるアミノ酸のラセミ化反応を分析することで正確な年齢が特定されます。
ここで多くの研究者が注目するのが、「なぜこれほど巨大な細胞数を持つ動物が、癌に冒されずに半世紀以上も生きられるのか」という進化生物学上の謎(ペトーのパラドックス)です。近年の遺伝子解析により、クジラ類のゲノムには細胞分裂時のDNA損傷を迅速に修復する遺伝子や、腫瘍の発生を抑える遺伝子の重複が多数存在することが確認されています。彼らの巨体と長寿は、遺伝子レベルの精緻な防御システムによって支えられているのです。