人権作文に取り組む際、多くの人が陥る最大の罠が「教科書的な正論で埋め尽くしてしまうこと」です。法務省人権擁護局と全国人権擁護委員連合会が主催する「全国中学生人権作文コンテスト」には、年間で数十万編規模の応募が寄せられます。これら膨大な作品に目を通す審査員の手記や選考講評において、毎年繰り返し指摘されている事実があります。それは「立派なスローガンを掲げただけの作文は、印象に残らない」というシビアな現実です。
全国中学生人権作文コンテスト入賞作品を丹念に分析すると、上位に選出される文章には際立った特徴が見受けられます。受賞者たちは、最初から聖人君子のような態度をとっていません。むしろ「友人の心ない一言を止められなかった自分」「街で見かけた車いすの人に声をかけられず、視線を逸らしてしまった後ろめたさ」など、自身の弱さや偏見を赤裸々に吐露することから書き始めています。
SNSや知恵袋などのコミュニティでは、「人権作文は何を書けば正解なのか分からない」という中高生の悲痛な声が散見されます。書き手が「正しい意見を書かなければ減点される」と思い込んでいる点に苦痛の原因があります。作文コンテストで真に求められているのは、非の打ち所がない模範解答ではありません。ある出来事を通じて自分の中の「無意識の偏見」に気づき、物事の捉え方がどう変化したかという思考のプロセスです。この自己開示と内面の変化こそが、審査員の胸を打つ最大の原動力になります。