公式バイオグラフィーにおいて、椎名林檎は1978年11月25日、埼玉県浦和市(現・さいたま市)生まれと明記されています。メディア露出の多さから「福岡県出身」と短絡的に認識されがちですが、厳密には「埼玉生まれ・福岡育ち」というハイブリッドな生い立ちを持ちます。
父親の外資系石油会社勤務という仕事の都合に伴い、転勤族としての宿命を背負っていた椎名家。浦和で誕生した彼女は、その後静岡県清水市(現・静岡市清水区)を経て、小学校高学年の頃に福岡県福岡市早良区へと居を移しました。実家の家族構成は、ジャズやクラシックを愛好する両親と、のちにR&Bシンガーとして名を馳せる実兄・椎名純平、そして林檎本人という音楽的素養に満ちた4人家族でした。
浦和で過ごした幼少期のエピソードとして欠かせないのが、先天性食道閉鎖症という重篤な疾患との闘いです。生後わずか数日で受けた複数回に及ぶ大規模な開胸手術により、彼女の背中・左右の肩甲骨付近には大きな術痕が残りました。後年の自著やインタビューにおいて、彼女はこの傷跡を「かつて天使の羽が生えていた名残」と詩的に表現しています。肉体の不完全さと隣り合わせで始まった浦和での生命の記憶は、のちに紡がれる「生と死」「身体性」をテーマとした楽曲群の揺るぎない根底となっています。