このすれ違いは、今やポップカルチャーの脚本にもリアリティを与えるギミックとして定着した。Netflixで配信される国内外の現代劇を観ても、スマートフォン画面のインサートがドラマの転換点になる場面は珍しくない。既読がついた後の沈黙、文末に添えられたハートの色一つで登場人物たちの関係が急展開する描写は、もはや世界共通のリアリズムだ。
「たかが記号」と切り捨てる世代と、「そこに文脈の全てがある」と捉える世代。スクリーンの内外で繰り広げられるのは、デジタルツールが生み出した感情の誤読劇だ。誤爆か、計算された意図か。その境界線は送信者自身にすら曖昧なことが多く、デジタル空間の会話劇は常に不確定な霧の中に置かれている。