大仙陵古墳の真相|仁徳天皇陵との違いや宮内庁内部調査の最新全貌

大仙陵古墳の真相|仁徳天皇陵との違いや宮内庁内部調査の最新全貌

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大仙陵古墳は皇室の祖先墓として原則非公開とされてきましたが、保全工事や学術的な基礎データの収集を目的に、近年では宮内庁書陵部と堺市による共同発掘調査が段階的に実施されています。立ち入りが制限されてきた内濠や堤の調査によって、これまで図面上でしか推測できなかった構造が次々と白日の下に晒されました。

特に注目を集めたのが、墳丘を囲む第一堤や外濠・内濠の濠の水抜き発掘調査です。調査区からは、整然と並べられた高さ約1メートルの円筒埴輪列や、人物・馬・家形などの形象埴輪の破片、堤の斜面を強固に補強する葺石(ふきいし)が良好な状態で出土しました。これらは、単に土を盛っただけでなく、当時のヤマト政権が持てる最高峰の土木工学と景観設計を駆使して築き上げた動かぬ証拠です。

内部構造に関しては、明治5年(1872年)の前方部斜面崩壊時に露出した長持形石棺(ながもちがたせっかん)の記録と絵図が極めて重要な一次史料となっています。当時の調査記録によると、石棺の周囲からは金銅製の甲冑(冑や短甲)、鉄刀、ガラス玉などの豪奢な副葬品が確認されており、当時の最高権力者にふさわしい威容を誇っていたことが判明しています。

鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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