ネット空間や一部の論壇では、安倍外交に対して「巨額の経済協力をロシアに差し出しながら北方四島を1島も取り戻せなかった」「2島先行返還論によって従来の4島一括返還方針を後退させた」という痛烈な批判が散見されます。しかし、外交記録と交渉の文脈を丹念に追うと、皮相な批判とは異なる現実的な計算が見えてきます。
まず「4島一括返還」という従来の原則論は、ソ連崩壊以降の数十年間にわたり1ミリも領土問題を動かせなかったという重い現実がありました。安倍元首相は2018年11月、シンガポールでの首脳会談において、法的拘束力を持つ唯一の国際合意である「1956年日ソ共同宣言」を基礎として平和条約交渉を加速させる合意を取り付けました。これは「歯舞・色丹の2島引き渡し」を明記した共同宣言を出発点とし、残る択捉・国後については継続協議とする、極めて現実的な「実を取る」アプローチでした。
また「8項目の経済協力プラン」についても、日本側が一方的に資金を拠出したわけではありません。民間投資を促すプラットフォームを整えつつ、ロシア極東開発に関与することで、ロシアの過度な対中傾斜を牽制する地政学的な目的が含まれていました。結果としてロシア側の強硬姿勢や憲法改正によって道半ばで頓挫したものの、単なる「バラマキ」ではなく、冷酷な国際情勢を見据えた高度な賭けであったと評価するのが公正な分析です。