竹村健一氏の最大の強みは、当時の日本の知識人層の中でも突出していたネイティブレベルの英語力と圧倒的な国際感覚でした。1930年に京都で生まれた竹村氏は、京都大学文学部英文学科に進学。卒業後の1953年、戦後間もない難関であったフルブライト留学生としてアメリカ・シラキュース大学大学院へ留学を果たします。
帰国後は山王通信社や『タイム』『ライフ』誌の極東特派員記者として国際報道の最前線で取材を重ね、1970年代には日本ブリタニカの副社長に就任。世界基準の知性やメディアビジネスの仕組みを肌で知る存在として、日本の論壇に鮮烈なデビューを飾りました。
テレビ出演時に必ず手にしていた高級パイプは、単なる小道具ではありませんでした。欧米の一流知識人が思索を深める際のシンボルを取り入れ、視聴者に対して「国際派の知性」を一瞬で印象づける高度なセルフブランディング戦略だったことが、本人の回想録でも明かされています。