特定の毛布やタオル、使い古した枕カバーなどに触れていないと落ち着かない現象の根底には、人間が成長過程で獲得する重要な心理ステップが存在します。名作コミック『ピーナッツ』に登場するスヌーピーのライナス少年が、親指をくわえながら青い毛布を肌身離さず持ち歩く姿は、まさにこの心理状態の象徴と言えます。
イギリスの小児科医であり精神分析家のドナルド・ウィニコット(Donald Winnicott)は、乳幼児が母親との絶対的な一体感から離れ、自立した一個の個人として歩み始める過程で手にするアイテムを移行対象(Transitional Object)と名付けました。生後6ヶ月から1歳半頃の乳幼児は、「母親と自分は別の存在である」という事実に直面し、強い分離不安を抱きます。その際、母親の温もりや匂いの代わりとして選ばれるのが、柔らかい布やぬいぐるみです。子どもはその感触を通じて「自分一人の力で安心を作り出す」という体験を積み重ね、自立の土台を築きます。
この安心毛布への執着は、決して「甘え」や「自立の遅れ」の証拠ではありません。むしろ、子どもが外の世界に適応するために自ら選び取った高度なコーピング(対処戦略)なのです。そして、この安心の記憶が成人後も脳の奥底に刻まれている場合、環境の激変や強い緊張状態に晒された瞬間に、防衛本能として再び特定の触覚刺激を求めるようになります。これが、大人になっても特定の布や寝具を手放せなくなる決定的な理由です。