ネット上の掲示板やまとめブログでは「ヨロズアンティークモールが閉店したことで、西荻窪のレトロ骨董カルチャーは完全に衰退した」という悲観的な言説が散見されます。しかし、これは現場の実態を知らない早計な誤解です。
実態を精査すると、モールという単一のハコが解散しただけであり、そこに集っていた有力ディーラーたちの審美眼とネットワークは別の形で生き残り、むしろ拡散していることがわかります。
当時の出店者たちの追跡調査を行うと、その動向は主に次の3パターンに分かれています。
- 近隣エリアでの単独実店舗オープン:西荻窪の北口や南口の住宅街路地、あるいは吉祥寺や中野、三鷹といった近隣の中央線沿線に、自身のセレクトのみで勝負する小さな古道具店を開業したケース。
- 全国の定期大型骨董市への回帰:「大江戸骨董市(東京国際フォーラム)」や「平和島全国古民具骨董まつり」など、数万人規模の動員を誇る骨董市に定期出店し、全国のバイヤーと直接取引を継続しているケース。
- 「買取特化型」へのビジネスモデル転換:実店舗の家賃コストを削り、高齢者の遺品整理や生前整理に伴う骨董品・レトロ雑貨の出張買取を主軸に据え、仕入れた良品をオンラインオークションや海外バイヤーへ直販するケース。
つまり、ヨロズアンティークモールという大きな「器」から解き放たれた個々の店主たちは、より柔軟で持続可能な手法へと適応したのです。「西荻窪の骨董文化が終わった」のではなく、「点から面へ、固定空間から流動的なネットワークへ」と形態を進化させたというのが、文化人類学的にも正確な見取り図といえます。