この実話をもとに、劇作家のピーター・パーネル氏と精神科医のジャスティン・リチャードソン氏が文章を手掛け、ヘンリー・コール氏が優しい水彩画を添えて2005年に出版された絵本が『And Tango Makes Three』です。日本では2008年、政治家で元参議院議員の尾辻かな子氏と翻訳家の前田和男氏の共訳により、ポット出版から『タンタン タンゴはパパふたり』の邦題で刊行されました。
しかし、本国アメリカで出版されるや否や、作品を取り巻く環境は激変します。アメリカ図書館協会(ALA)が公表する「最も異議申し立てを受けた本(Most Challenged Books)」において、本作は2006年から2010年にかけて幾度も1位を記録し、全米各地の学校図書館や公共図書館で書架からの撤去運動が巻き起こりました。さらに2020年代に入り、フロリダ州などで制定されたいわゆる「Don't Say Gay(ゲイと言ってはいけない)法」などの教育規制強化の波を受け、再び閲覧禁止図書のリストに挙げられる事態へと発展しました。
反対派が主張する禁書指定の主な理由は、以下の点に集約されます。
- 同性愛を幼少期に意識させることへの反発:「幼児向け絵本に同性愛的なテーマを持ち込み、子どもたちを特定の指向へ誘導している」という宗教的・保守的信条に基づく抗議。
- 伝統的家族観の擁護:「父親と母親が揃って子どもを産み育てるのが自然の摂理であり、オスペンギン2羽を『パパ』と呼ぶ描写は家族の定義を破壊する」という主張。
- 教育現場における親の権利:公立学校や図書館において、保護者の同意なしにジェンダーやセクシュアリティに関わる図書に児童が触れることへの強い警戒感。
一方で、ペンギンたち自身は政治的主張やイデオロギーで行動しているわけではありません。著者のリチャードソン氏は「私たちはただ、セントラルパーク動物園で実際に起きた愛らしい真実を子どもたちに伝えたかっただけだ。動物たちの自然な行動を検閲することは、現実そのものを否定することに等しい」と公の場で一貫して反論を続けました。実話であるがゆえに、作品は「表現の自由」と「宗教的価値観」が激突するアメリカ文化戦争の最前線に立たされ続けることになったのです。