投扇興を嗜むうえで初心者が最初に戸惑うのが、「点数表がひとつではない」という事実です。江戸時代中期安永年間に浅草で誕生した投扇興は、幕府による賭博取り締まりや時代の変遷を経て複数の流派に枝分かれしました。現在、全国的に広く親しまれている二大潮流が「御流(おんりゅう)」と「都御流(みやこおんりゅう)」です。
御流は、平安貴族の美意識を色濃く反映し、「源氏物語五十四帖」の巻名をそのまま役名に採用しています。例えば、蝶と扇子が枕を挟んで美しく対峙する形を「須磨(すま)」、扇の上に蝶が乗る優美な形を「明石(あかし)」や「帚木(ははきぎ)」と呼び、物語の情景や登場人物の運命に重ね合わせた点数設定がなされています。江戸の洗練された美意識と王朝文化の融合を重視する点が特徴です。
対する都御流は、小倉百人一首の和歌を題材にしており、古来の歌びとたちが詠んだ四季折々の情景や恋心が役名に散りばめられています。さらに、東京都台東区の浅草寺界隈を中心に活動する「日本投扇興保存振興会」などの公式団体では、現代の大会運営に適した標準ルールを策定しており、採点の明瞭化と競技性の向上が図られています。
このように、同じ道具を使いながらも、どの流派の点数表を採用するかによって勝負の駆け引きや価値観は大きく塗り替わります。地域のお祭りや体験教室に参加する際は、事前に「本日は源氏物語(御流)か、百人一首(都御流)か」を確認しておくのが愛好家の嗜みです。