有田哲平の経歴まとめを紐解く上で欠かせないのが、熊本県立済々黌(せいせいこう)高校で出会った相方・上田晋也との固い絆です。済々黌高校は県内屈指の進学校として名高く、文武両道の校風の中で2人はラグビー部を通じて意気投合しました。
高校卒業後、有田哲平は立教大学法学部へ進学(後に中退)。早稲田大学へ進学した上田晋也からお笑いの道へ誘われ、1991年にコンビ「海砂利水魚」を結成しました。卓越したボケと巧みな知性を武器に頭角を現したものの、爆発的なブレイクには至らない時期が続きます。
転機が訪れたのは2001年、『新・ウンナンの気分は上々。』の対決企画で敗北し、コンビ名を「くりぃむしちゅー」へと改名したことでした。親しみやすい名前と同時に2人のポテンシャルが一気に開花。知性派司会者として君臨する上田晋也と、奇策とボケで場を支配する有田哲平という黄金バランスが確立され、一気にトップスターへと駆け上がりました。