「映画界の暴れん坊」「永田ラッパ」の異名で知られた大映の社長、永田雅一。彼こそがこの大胆な合弁劇を推進した中心人物のひとりだ。豪華絢爛な大作主義を貫き、海外映画祭での受賞ラッシュを牽引してきた偉物だが、1960年代後半には深刻な経営難に直面していた。
戦後のゴールデンエイジを謳歌した日本映画産業は、家庭用テレビの爆発的普及とレジャーの多様化により、観客数が激減。観客動員数の急落は直撃し、独立したスタジオシステムを自社単独で維持することは極めて困難となっていた。永田は日活との提携に最後の望みを託したが、膨らみ続ける負債と観客離れの波を止めることはできず、1971年末の大映倒産へと事態は加速していく。