鶏もも肉と比べ、鶏胸肉が調理によって硬くなりやすい背景には、肉の細胞構造と成分組成における明確な科学的理由が存在します。鶏胸肉の脂質含有量は100gあたり約1.5〜1.9g(皮なしの場合)と、もも肉の3分の1以下に過ぎません。油分によるコーティング効果が期待できないため、加熱時に肉内部の水分が外へ逃げやすい構造になっています。
決定的な要因となるのが、加熱によるタンパク質の変性です。肉の主成分である「ミオシン」は50℃前後から、「アクチン」は65℃を超えたあたりから凝固を始めます。加熱温度が68℃を超えると筋繊維が急激に収縮し、スポンジを力任せに絞ったかのように、細胞内の水分(自由水)が一気に外部へと絞り出されてしまうのです。これが、いわゆるパサパサ感の正体です。
この生理現象に対し、『ためしてガッテン』が提示した画期的な解決策こそが、砂糖の保水効果に着目した下処理でした。砂糖の主成分であるスクロース(ショ糖)分子は、数多くのヒドロキシ基(-OH)を持っており、水分子を強固に抱きかかえる性質を持っています。肉の繊維の隙間に砂糖水が浸透すると、加熱によってタンパク質が凝縮しようとする際にも水分が離れず、肉汁がギュッと閉じ込められたまま焼き上がるのです。