新日本フィルハーモニー交響楽団の歩みを理解するうえで避けて通れないのが、1972年に起きた通称「日フィル争議」です。当時、フジテレビと文化放送が共同で財政支援を行っていた日本フィルハーモニー交響楽団に対し、経営側の合理化策として突如突きつけられた解散通告。これに反発した楽団員たちは激しい労働争議へと突入しました。しかし、音楽制作の自由と演奏の場を最優先に求めた指揮者の小澤征爾や山本直純、そして志を同じくした約30名の楽団員は、争議の枠組みを離れて新たな道を切り拓く決断を下します。
当時の報道記録や関係者の証言によると、資金も練習場も後ろ盾となる巨大資本もないなか、小澤征爾が「演奏家自身が運営の主導権を握る理想の楽団を作る」と宣言して誕生したのが、日本初の本格的な自主管理オーケストラである新日本フィルでした。既存の企業オーケストラとは異なり、団員自らが企画・運営に携わるスタイルは、音楽的な自主性を最大限に担保する一方で、常に厳しい興行収益の責任を背負い続ける茨の道でもありました。
歴代指揮者陣の顔ぶれを見ても、初代首席指揮者の小澤征爾をはじめ、朝比奈隆、アルミン・ジョルダン、クリスティアン・アルミンク、そして緻密な構築美を追求した上岡敏之に至るまで、錚々たるマエストロが独自の色彩をオーケストラに注入してきました。「指揮者と団員が対等な立場で魂をぶつけ合う」という初期からのカルチャーは、半世紀を超えた現在も楽団の根底に力強く息づいています。