この歌を巡る最大の衝撃的な事実をご存知でしょうか。実は、在原業平はこの壮大な紅葉の現場となった竜田川に足を運んでいません。
『古今和歌集』の詞書(ことばがき)には、はっきりとこう記されています。
「二条の后の春宮の御息所と申しける時に、御屏風に描けりける紅葉流れたる竜田川を詠める」
詞書を読み解くと、舞台は竜田川の河畔ではなく、平安京の雅やかな宮廷邸宅の中でした。当時「春宮(皇太子)の御息所(みやすんどころ)」と呼ばれていた藤原高子の邸宅で、調度品として設えられた「竜田川の紅葉屏風歌」として注文され、絵を見て即興で詠み上げたものだったのです。
現代で言えば、超高解像度の風景写真やプロジェクションマッピングの映像を見せられ、「この紅葉をテーマに即興で最高のフレーズを詠め」と無茶振りされたような状況です。現場の空気すら吸っていないにもかかわらず、描かれた静止画から神話的世界の躍動感を引き出し、宮中の人々を息を呑ませた業平のイマジネーション。しかし、彼がこれほどの超人的なテンションで歌を詠んだ理由は、単なるプロ歌人としての技術アピールにとどまりませんでした。