今やポップミュージック界を代表する存在となった彼女ですが、ビリー・アイリッシュの経歴における最大の転換点は、まさにこの曲との出会いでした。当時、ロサンゼルスのダンススクールに通っていたビリーは、ダンスの振付用として「オリジナル楽曲を1曲用意してほしい」とインストラクターから依頼を受けます。
そこで手を差し伸べたのが、ビリー・アイリッシュの兄であり、現在も彼女のプロデューサーとしてグラミー賞を席巻するフィニアス・オコネルでした。フィニアスが元々自身のバンド向けに書き下ろしていた『Ocean Eyes』をビリーが歌ったところ、2人の相性は完璧に合致。ダンスの先生と音源を共有する目的で何気なくSoundCloudにアップロードしたトラックが、音楽ブロガーやリスナーの間で爆発的な話題を呼び、ビリー・アイリッシュのデビュー曲としてメジャーレーベルとの契約を引き寄せることになります。
プロのスタジオではなく自宅のベッドルームで録音されたという事実は、現代の音楽制作スタイルにおける先駆的な象徴として、現在も語り草となっています。