ネット上の言説では「キャロルは矢沢永吉のワンマンバンドであり、他のメンバーはバックバンドに過ぎなかった」という極端な言説が散見されます。しかし、これは明確な誤解です。
実際のキャロルは、矢沢永吉という類まれなプロデューサー的才能と、ジョニー大倉という繊細な詩的センスを持つフロントマンの「双頭体制」によって初めて成立していました。「二人だけ」という楽曲こそ、その両者の才能が最も美しい形で結実した証拠です。
しかし皮肉にも、この黄金コンビの密接な関係性こそが解散理由の引き金となっていきます。自著や当時の関係者インタビューで明かされている通り、音楽ビジネスに対して冷徹なまでにプロフェッショナリズムを求めた矢沢と、情緒不安定になりやすくプレッシャーに苦しんだジョニーとの間には次第に修復不可能な溝が生じていきました。
1973年秋以降のジョニーの失踪事件やバンド内の主導権争いを経て、2人の関係は決定的に破綻します。「二人だけ」というタイトルが象徴していた奇跡の共犯関係は、わずか2年半という短い歳月の中で自壊していくことになりました。