マリー・アントワネット処刑の真相|断頭台で残した最後の言葉とは?

マリー・アントワネット処刑の真相|断頭台で残した最後の言葉とは?

マリー・アントワネット処刑の真相|断頭台で残した最後の言葉とは?についての真相をお届けします。

国王夫妻が処刑された後、残されたマリー・アントワネットの子供たちのその後は、明暗が極端に分かれる過酷な運命を辿りました。

王太子であった長男ルイ・ジョゼフは革命勃発前の1789年に結核で早世(享年7)、次女ソフィーも1歳未満で亡くなっていたため、革命時に存命だった子供は長女マリー・テレーズと次男ルイ・シャルルの2人でした。

ルイ・シャルル(名目上の国王ルイ17世):
タンプル塔で母から引き離された後、革命派の靴職人シモンによる徹底した洗脳と虐待を受けました。シモンの退去後は窓も開かない不潔な暗黒の独房に完全隔離され、1795年6月8日、重度の結核と栄養失調、リンパ腺炎により、わずか10歳で孤独死を遂げました。その遺体は共同墓地に投げ込まれ、近年まで遺骨の行方が不明とされていましたが、保管されていた心臓のDNA鑑定によって2004年に本人と確認され、歴代国王が眠るサン=ドニ大聖堂に正式埋葬されました。

マリー・テレーズ(マダム・ロワイヤル):
一家の中で唯一革命を生き延びました。1795年12月、17歳の誕生日前夜にオーストリア軍捕虜との交換により解放され、母の故郷ウィーンへ向かいました。後に従兄のアングレーム公爵と結婚し、波乱の人生を歩みながら1851年に72歳で天寿を全うしました。彼女の残した回想録は、タンプル塔内での王室一家の生々しい様子を伝える貴重な歴史資料となっています。

山田 真由
著者

山田 真由

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