松本市中央、縄手通りにもほど近い女鳥羽川沿いに店を構える「おきな堂」。創業は昭和8年(1933年)に遡ります。喫茶店として産声を上げ、洋食屋へと発展した同店が「時代遅れの洋食屋」という印象的なフレーズを掲げ始めたのは、効率化と大量生産が加速した高度経済成長期以降のことです。
取材や店主の手記・発言からも明らかなように、この言葉には自虐ではなく「手間暇を惜しまず、ソース一滴から手作りする本来の洋食文化を頑なに守り抜く」という強い誇りと矜持が込められています。冷凍食品や既成ソースに頼れば数分で提供できる料理を、同店では牛骨や香味野菜を何日も煮込んで抽出したフォン(出汁)から丹念に仕上げています。
ギシギシと小気味よい音を立てる木製の階段、使い込まれたアンティークの調度品、壁に掛けられたクラシックな古時計。店内には穏やかなジャズやクラシックが流れ、窓からは女鳥羽川の穏やかな水面を望むことができます。ただ食事を摂るだけでなく、空間そのものが持つ時間の重層性を五感で味わうことができる点こそ、松本レトロ洋食名店としての揺るぎない魅力です。