八田與一が遺した最大の偉業こそ、10年の歳月をかけて完成させた嘉南大圳建設事業である。当時の嘉南平原は、雨季には洪水が溢れ、乾季には日照りで亀裂が入る極めて過酷な環境にあった。水なくして農業は成り立たない。そう確信した八田は、東洋一の貯水量を誇る「烏山頭水庫」(烏山頭ダム)の建設を構想した。
彼が採用した「セミ・ハイドロリック・フィル工法」は、水力を利用して土砂を緊密に固める当時世界最先端の技術であった。さらに、給水を効率化するために考案した「三輪作法」(水稲、サトウキビ、雑穀を3年周期で回転させる農法)は、地域の水資源を公平に分配する革新的なシステムとして機能した。全長1万6000キロメートルにも及ぶ網の目のごとき水路網が完成したとき、かつての荒野は台湾を支える豊かな緑の台地へと姿を変えたのである。