一代で莫大な富を手にした佐川清の資産規模は、最盛期には個人資産数千億円、グループ全体で数兆円規模に達したと囁かれていました。日本長者番付の常連として名を連ね、京都の名勝に佇む広大な豪邸や全国各地のリゾートホテル、美術品コレクションを次々と取得していきました。
佐川清の名を語る上で欠かせないのが、数々の豪快エピソードです。現場で成果を上げたドライバーには、その場で数百万円の現金を「小遣い」として手渡したという逸話が社内外に広く残されています。また、大相撲のタニマチとしても知られ、角界や芸能界、スポーツ界への惜しみない金銭的支援を惜しみませんでした。「金は天下の回りもの、現場で汗を流した人間に還元してこそ生きる」という哲学を持ち、気前の良さと圧倒的な存在感で周囲を心酔させました。
同時代のライバルであるヤマト運輸の小倉昌男氏が論理的かつ近代的な経営システムを構築したのに対し、佐川清は血肉の通った情念と信賞必罰のカリスマ支配で社員を束ねました。この2大巨頭のアプローチの違いは、現在でも日本経営史における対照的なケーススタディとして語り継がれています。