木村和司という名前を聞いて、多くのサッカーファンが瞬時に思い浮かべるのが1985年10月26日、国立競技場で行われたメキシコW杯アジア最終予選・韓国戦での一撃です。ゴール正面約38メートルの位置から放たれた直接フリーキックは、美しい放物線を描きながら鋭く曲がり落ち、韓国の名GKチョ・ビョンヨンが一歩も動けないままゴール右隅へと突き刺さりました。
当時、世界最高峰と謳われたブラジルの名手ジーコ氏のキック軌道にも例えられたこのゴールは、日本サッカーの技術の高さを世界に知らしめた象徴的なシーンとなりました。後に木村氏は、この伝説のキックについて次のような名言を残しています。
「蹴る瞬間、壁は見えんかった。ゴールしか見えんかったんよ」
この言葉に象徴されるように、木村氏のプレーは徹底した感覚美と、極限の集中力に裏打ちされていました。また、指導者時代や解説の場でも繰り返し語っていたのが「サッカーは楽しまにゃ、始まらん」という哲学です。どんなに厳しい戦術論やプレッシャーの中にあっても、ボールを扱う喜びと遊び心を忘れてはならないという教えは、中村俊輔氏ら後世のファンタジスタたちにも多大な影響を与えました。