2005年11月、東京都職員の黒田慶樹氏と婚姻届を提出され、民間人として新たな一歩を踏み出した紀宮清子内親王。皇居を出てスーパーマーケットでの買い物や家庭料理をこなすなど、静かで地に足のついた暮らしを送られていた清子様に、再び日本古来の重責が委ねられたのは2012年のことでした。
当時、伊勢神宮の祭主を務めていたのは、昭和天皇の第4皇女であり清子様の叔母にあたる池田厚子様でした。池田様は1988年の就任以来、20年以上にわたって祭主を務められていましたが、2013年に控えていた「第62回式年遷宮」の直前に80歳を超え、炎天下や厳寒の夜間に行われる過酷な神事への肉体的負担が懸念されていました。そこで、白羽の矢が立ったのが清子様でした。
2012年4月、神宮司庁からの要請を受け、清子様は「臨時祭主」に就任。そして2013年の第62回式年遷宮を叔母の池田様と共に見事に完遂された後、2017年6月に池田様が退任されたことを受けて、第11代伊勢神宮祭主へ正式に就任しました。皇族身分を離れた女性がこれほど重大な祭祀長に就いた理由は、神道と皇室の伝統における「天皇と神宮を直結する血縁の尊さ」にあります。
宮内庁関係者は当時の経緯をこう語ります。「戦後の伊勢神宮祭主は、北白川房子様、鷹司和子様、池田厚子様と、代々皇室出身の女性が命がけで務めてこられました。天皇陛下の名代として皇祖神・天照大御神に祈りを捧げる以上、皇室の祭祀を肌身で知る直系の存在が不可欠だったのです。幼少期より昭和天皇や上皇ご夫妻の真摯な祈りを間近で拝見し、所作の一つひとつに深い敬神の念を宿す清子様以外に、この重責を引き継げる方はいらっしゃいませんでした」。