作中に登場する愛らしい少女・節子には、実在するモデルが存在します。野坂の養父の親戚筋から引き取られた妹・恵子(当時1歳4か月)です。
1945年6月5日の神戸大空襲によって養父を失った野坂は、幼い妹を連れて兵庫県西宮市の親戚宅へ身を寄せました。しかし、生活の圧迫とともに肩身は狭くなり、やがて疎開先を転々として福井県へと移り住むことになります。映画では横穴(防空壕)での二人暮らしが印象的に描かれますが、実際の避難生活も飢餓と孤独に満ちた過酷なものでした。
配給が途絶え、口にするものもない極限状態のなか、実在の妹・恵子は日に日に衰弱していきました。そして終戦直後の1945年8月22日、福井県の疎開先にて栄養失調により短い生涯を閉じました。骨と皮ばかりに痩せ細った幼子の亡骸を前に、野坂は深い虚脱と自責に苛まれることになります。節子の死因として描かれた病状や衰弱の過程は、野坂がその目に焼き付けた凄惨な現実そのものだったのです。