ホーエンツォレルン家の源流は、南ドイツのシュヴァーベン地方に位置する要衝の地に築かれた一介の領主でした。12世紀にニュルンベルク城伯の地位を得たことを契機に家系は大きく枝分かれし、北方のブランデンブルク選帝侯領を相続した系統が、のちの歴史を決定づけることになります。
18世紀、軍隊と官僚機構を極限まで鍛え上げたプロイセン王国は、フリードリヒ大王(フリードリヒ2世)の治世下でヨーロッパ列強の一角へと躍進しました。そして1871年、鉄血宰相ビスマルクの主導により普仏戦争に勝利したプロイセン国王ヴィルヘルム1世が初代ドイツ皇帝に即位。ホーエンツォレルン家は中央ヨーロッパを統べる巨大帝国の盟主へと登り詰めました。
しかし、その栄華は長くは続きませんでした。第3代皇帝ヴィルヘルム2世の好戦的な世界政策は国際的な孤立を招き、第一次世界大戦の泥沼へと突入。1918年11月、敗色が濃厚となる中で発生したドイツ革命により、ヴィルヘルム2世はオランダへ亡命し、500年以上にわたって続いたホーエンツォレルン家の君主権は完全に終焉を迎えました。複雑に入り組むホーエンツォレルン家 家系図は、帝冠の喪失とともに近現代の新たな試練へと突入していきます。