歌舞伎町が現在の姿に至るまでには、血で血を洗う利権闘争の歴史が存在しました。歌舞伎町抗争事件の歴史を振り返る際、象徴的な転換点となったのが2002年の「パリジェンヌ事件」です。老舗喫茶店内で暴力団組員が中国系マフィア構成員に射殺されたこの事件は、旧来のヤクザ組織と新興外国人犯罪集団との衝突を象徴し、警察による歌舞伎町浄化作戦の決定的な引き金となりました。
その後も山口組と住吉会の緊迫した睨み合い、クラブやスカウト利権をめぐる路上乱闘が幾度となく勃発。街の治安は常に暴力団の力学によって揺さぶられてきました。しかし、防犯カメラ網の徹底配備と「暴力団排除特別強化地域」の指定により、白昼堂々の発砲や大規模な抗争は完全に封じ込められました。
では、歌舞伎町の治安最新情報はどう評価すべきでしょうか。警視庁による定点観測データでは、粗暴犯や殺人といった凶悪犯罪の認知件数は平成初期のピーク時に比べて半減しています。メインストリートであるセントラルロード周辺は、インバウンド観光客で溢れ返り、表向きは安全な観光地としての装いを強めています。
しかし、一歩路地に入った大久保公園周辺や花道通り沿いでは、路上売春の客引きトラブルや、泥酔者を狙ったキャッシュカードのすり替え、違法薬物の密売など、個人の生活を破滅に追い込む「ソフトな犯罪」が依然として高止まりしています。「命を取られる街」から「資産や尊厳を毟り取られる街」へと、危険の質が変化したに過ぎないのです。