本来、日本列島におけるクマの生息域は、劇的な地理的障壁によって隔てられてきた。海水温や潮流の厳しい津軽海峡は、北のヒグマと南のツキノワグマを数万年にわたり隔離する自然の防波堤だったのだ。しかし、近年の海水温度の変化や流木・海洋インフラの変容、さらには個体数の増加に伴う海峡周辺での分散行動が、この不可侵の境界線を少しずつ曖昧にしている。
野生動物管理学の知見によれば、異なる種間での交雑が進むことで懸念されるのが「遺伝子浸透」と呼ばれる現象である。固有の適応戦略や遺伝的多様性が交雑種によって浸食され、数万年かけて形成されてきた生態系のバランスが根底から崩壊する危険性がある。遺伝子浸透が進めば、在来の純粋なツキノワグマやヒグマの種としての独立性が損なわれるだけでなく、病原体への耐性や採餌行動に変異が生じ、森林生態系全体へ予期せぬ連鎖反応を引き起こす恐れがあるのだ。