左幸子(本名:額村幸子、旧姓:浅沼)は1930年6月29日、富山県下新川郡朝日町に生まれました。元々は音楽教師を志して東京音楽学校(現在の東京藝術大学音楽学部)乙種師範科に進むも中退し、日本女子体育専門学校(現・日本女子体育大学)を卒業。中学校の体操・音楽教師を務めるという、女優としては異色のスタートを切っています。
転機が訪れたのは1952年、新映画社『僕の部屋』の主演オーディションに合格したことでした。翌1953年には川島雄三監督の目に留まり、『学生心中』に出演。泥臭さと強靭な芯の強さを併せ持つ特異な存在感は映画界で瞬く間に脚光を浴び、日活や独立プロ作品を中心に欠かせぬ主演級女優へと駆け上がります。
彼女の評価を決定づけたのが、1963年公開の今村昌平監督作『にっぽん昆虫記』です。東北の貧農に生まれ、売春や詐欺に手を染めながらも雑草のごとく逞しく生き抜く主人公・とめ役を熱演。時を同じくして夫であった羽仁進監督の『彼女と彼』でも団地生活の倦怠と不条理を繊細に演じ分けました。この2作品の演技が極めて高く評価され、翌1964年第14回ベルリン国際映画祭にて最優秀女優賞(銀熊賞)を受賞。これは日本人女優として初の歴史的快挙であり、国際派女優としての地位を不動のものとしました。