当時の熱気はいかなるものだったのか。リアルタイムで体験した世代の手記や、音楽番組関係者の回顧録を検証すると、テレビスタジオの空気感は現在のアイドルの現場とは全く異なる過熱状態にありました。
「ザ・ベストテン」などの公開生放送では、スタジオ内に響き渡る女性ファンの黄色い声援(いわゆる親衛隊のコール)の音圧があまりに凄まじく、田原俊彦本人のモニター用イヤーレシーバーがない時代にあって、伴奏のオケの音が掻き消されることもしばしばでした。自著や後年の特番インタビューにおいて本人も「スタジオに入った瞬間、地鳴りのような歓声で自分の声が全く聞こえなかった」と述懐しています。
また、ネット上のアーカイブコミュニティやSNSで当時のファンが語る証言を追うと、「クラスの女子全員が下敷きに切り抜きを挟んでいた」「レコードのジャケット写真を友達と回し見してボロボロになった」といった生々しい回想が今も無数に見られます。単に曲が聴かれていたのではなく、田原俊彦というビジュアルアイコンそのものが日々の生活の中心にあったことが分かります。