インターネット上の掲示板や一部の週刊誌では、錦戸の脱退時に「メンバー間の確執」「ヤンマーの仲違い」といった刺激的な見出しが躍ったことがありました。しかし、これらは現場の事実や当事者たちの言動を無視した悪質な憶測にすぎません。
誤解が生まれた背景には、錦戸のシャイでストレートな物言いがありました。錦戸は建前を嫌い、時に厳しい言葉でグループの現状を指摘することがあったため、表面的な切り抜きだけを見た一部の層が「冷たい」「安田を見捨てた」と曲解したのです。しかし実際には、安田が手術を受けた直後、周囲に漏らさず真っ先に病室へ駆けつけ、安田の衰弱した姿に誰よりもショックを受け、涙を堪えていたのは錦戸亮その人でした。
安田自身も著書やインタビューで「誰が何を言おうと、亮が僕の身体のことを一番に考えてくれていたことは僕自身が一番よく分かっている」と語っています。また、錦戸が独立後に発表した楽曲の歌詞やライブ中のMCにおいても、関西弁で語られるニュアンスの端々に、かつての仲間、とりわけ同じ時代を駆け抜けた安田への消えないリスペクトが散りばめられています。
互いにプロフェッショナルであるがゆえに、安易な馴れ合いを好まない。その姿勢こそが外部から「距離がある」と見誤られた要因であり、水面下の二人は今も変わらず、互いの健康と成功を願い続ける堅固なパイプで結ばれています。