禅の難解な公案であったこの言葉を、市井の人々の生きる知恵へと昇華させた最大の立役者が、エッセイスト・森下典子氏のロングセラー『日々是好日―「お茶」が教えてくれた15のしあわせ―』(新潮文庫)です。
森下氏が20代の迷い多き時期から約25年間にわたって通い続けた茶道教室での実体験を綴ったこの手記は、単なる作法の手引書ではありません。「お茶とは、五感を使って自然と一体になる稽古である」という現場の体感を、極めて瑞々しい筆致で記録しています。自著や手記のなかで森下氏は次のように吐露しています。
「若い頃は掛け軸に書かれた『日々是好日』の意味がまったく分からなかった。嫌なことや挫折だらけの日々のどこが『好日』なのかと反発すら覚えた。しかし、何年も茶室の畳に座り、柄杓(ひしゃく)から落ちる湯の音を聞き、季節の移ろい肌で感じるうちに、ある日突然、雷に打たれたように腑に落ちた。雨の日は、雨を聴くこと。雪の日は、雪を見ること。夏には夏の暑さを、冬には身を切る寒さを。どんな日もその日をただ味わい尽くすことこそが生きていくことなのだと」
2018年に公開された映画版(大森立嗣監督、黒木華主演、樹木希林共演)は、公開から年月を経た現在でも名作としての映画の評判を確固たるものにしています。特に武田先生役を演じた故・樹木希林氏が、茶室の縁側で雨を見つめながら佇む圧倒的な存在感と間の取り方は、「日常を生きる禅」の美しさを視覚的に決定づけました。
SNSや映画レビューサイトを分析しても、「心が折れそうなときに観返すと呼吸が深くなる」「就職活動や仕事で挫折したとき、この言葉に救われた」といった声が数多く寄せられています。知識としての哲学ではなく、身体感覚としての受容を伝えた点が、息の長い支持を生み出しています。