不動産取引において、過去の事件や事故は「心理的瑕疵」として扱われる。住み心地や構造には物理的な問題がなくても、住まい手の感情に強い抵抗感を生じさせる事由のことだ。かつては不動産業者ごとの裁量に委ねられ、不都合な履歴が隠蔽されるトラブルが後を絶たなかった。
国土交通省がガイドラインを策定し、賃貸物件における他殺や自殺の告知義務をおおむね3年とする一定の基準を示した今も、現場の混乱は収まっていない。3年が経過すれば法的な告知義務が薄れるとされる一方で、ネット上の記録は半永久的に残る。行政の定めたルールと、消費者が抱く心理的嫌悪感との間には埋めがたい溝が横たわっている。
不動産業界が恐れるのは、ガイドライン上は説明義務が消失した物件であっても、炎マーク一つで入居希望者が潮が引くように去っていく現実だ。法的な義務の有無にかかわらず、買い手や借り手は自衛のために独自の情報網へアクセスする。デジタルタトゥー化した事故歴は、物件の収益性に直接打撃を与えている。