インターネット上の掲示板や一部の論調では、プロ入り初打席の開幕サヨナラ本塁打の印象が強すぎるあまり、「デビュー戦がキャリアのピークだった一発屋」といったステレオタイプな語られ方をされることがあります。しかし、この見方はプロ野球の実態を多角的に捉えていません。
中島は入団後、相手バッテリーからの厳しいマークや度重なる怪我に苦しみながらも、複数シーズンにわたりファイターズの中軸・クリーンアップとして機能しました。また、近鉄移籍後も代打要員としてここぞの場面で結果を残し、プロ通算10年間で300本以上の安打と43本の本塁打を記録しています。
さらに、引退後にスカウトとして有望選手のスカウティングに携わり、指導者として台湾プロ野球でチャンピオンフラッグを掲げた実績は、彼が単なる感覚派の長距離砲ではなく、「野球の構造を理論的に分析できる卓越した頭脳」を持っていたことの決定的な証明です。