今日、世界中から絶賛されるこの美しき丘だが、その足元には波乱に満ちた歴史が眠っている。戦前、この地は陸軍の水戸飛行場として使用され、戦後は米軍の「水戸射爆撃場」として約30年間にわたり軍事演習の場となっていた。
相次ぐ誤爆事故や騒音被害に対し、地元住民たちが立ち上がり、長年にわたる血のにじむような返還運動を展開。1973年にようやく返還が実現した。「平和の象徴となる公園にしたい」という強い願いのもと、防砂林の植林と砂丘の整地が進められ、1991年に国営ひたち海浜公園が開園した経緯がある。
絶望の土地から生命が咲き誇る感動の地へ——。私たちが目にする無数の小さな花々は、平和を勝ち取った人々の執念と希望の結実でもあるのだ。